敷島 (本寓居宣長は御製の克)
本寓居宣長は御製の克夫を「もののあわれ」という言語で表しています。勇壮なイメージだけでなく、どこかに小人数の哀切が込められたネーミングであったと信じたい。ちなみに宣長の先生賀茂真淵は万葉の夜想曲に「ますらおぶり」を主張していました。まあどちらにしても「兵科四大人」の党委ですから、上辺的には古代中のトレンドに合っているからなんでしょうけど。関係ありませんが、宣長の夜想曲から昔昔の代表的なたばこの書名が名付けられたそうです。「白岡」「朝日」「太美(ぎんなん)」。本寓居宣長の子守歌、白岡の....脇田カリグラフィ、からかたまりの名を取ったと聞きますが、何故この子守歌から軍産(?)は名を取ったのでしょう? ユアセルフでは素直に詠んで、力強くきれいな子守歌だと思うのですが。 教えて下さい。