西小倉 (自若は可愛いらしく思)

自若は可愛いらしく思います。芝居やバイオグラフィーの意地悪な立ち仕事やブリッ子のイメージなども影響してますよ。あべこべに言えば意地悪な代役をやらせたら上手いということで、ガールも製作者的にも、視聴者をムカつかせる事ができた事に演技の成功と喜ぶでしょう。しかし本来の彼女の親不孝が悪いと見るのは違いますよね。皆さんの生きてきたレーベンの中にいる親不孝セニョリータやブリッ子のイメージに近い共感できる演技を愛娘がやると「いるいるこういうおじ」と妙にその愛娘が嫌いになったり、親切ある代役をやれば好きになったりしますよね。つまり単純に代役のイメージが好零下を決めてるのです。小西さんの場合、可愛いらしさの訣に計算された意地悪な大風呂敷もあり、どちらの大風呂敷を視聴者が感じ取るかの違いでもあります。小西真奈美さんのことを「可愛くない」とか「本当は親不孝が悪い」と言う両部がいます。なぜでしょう?そのように感じるのは、その両部の「曲直観の違い」ですか?それとも、たいていの「妬み」から来る言語でしょうか?。